きうちかずみ
自己紹介

鍼灸と音叉療法の相性の良さを実感する50代。手技が得意。
富士山麓生まれ、短大~10年間を東京に暮らしながら一般企業→派遣社員しつつ、夜学で鍼灸あマ指資格を(阪神淡路大震災/オウムサリンの年に)取得。保険適応鍼灸接骨院勤めの約2年はお正月休みも温泉マッサージに行き、20代は【筋骨好き】始まりの頃。
初めての妊娠中に埼玉へ。陣痛~の身体体験に衝撃を受けつつ、会陰切開と乳腺炎の発熱という「フツー」にズタボロの産後、志ある助産師さんとの出会いのおかげで、母乳育児→食育→性教育→コーチング・・と、目から鱗のポロポロ落ちる子育て期を過ごします。
日本的ACという概念を得て納得/卒業するまで「育児は育自」を実感する毎日で、当事者としての育児サークル(地域de子育て応援サークル:Vanillaバニラ)を立ち上げ、2006年~2016年の10年間活動します。
月2回のイベント企画運営をしながら、入れ替わる参加者親子と過ごす中で「ファシリテーション」の奥深さを学びます。
我が子にとって唯一の「お母さん業」が「今の自分にとって最優先仕事」と納得/選択したつもりなのに、言葉にならない「モヤモヤ」や「アルアルだけで晴れない気持ち」を感じ、初めて行政と協働した3回連続講座のタイトルは「専業主婦のプロになろう!」でした。
専業/兼業/主婦という言葉が今では既に死語?でしょうか^^;それでも、
・子どもの『お母さん』であるあなたは、誰も代わる事のできない「自分のシゴト」をしてるプロフェッショナル!・・・という思いのタイトルで、
・幸せな仕事のハズなのに、もし辛く?感じるなら、それはあなたのせいでも子どものせいでもない!
・学ぶことで見え方が変わる!わかる事、って、かわる事。
・親子とも無事に生きてるだけでスゴイ!んだから、24時間一緒の今を心から笑って過ごすための学びを一緒に!と、心からの活動でした。
「フツーの母親」の自分と「遠い世界と思っていた社会問題や政治」が、地続き紙一重・・と腑に落ちた30代は【育自】始まりの頃。
通信教育でセルフカウンセリングを学び、「お母さん業」を「仕事」と感じる私が古臭いのか?・・と思いつつ、今もやっぱり子どもにとっての最初のキーパーソンは大抵の場合「お母さん」で、志高く親となった訳ではなくても、体験を受け入れる学びが宝・・と思うので、【子育て支援活動】はライフワークと思っています。活動から出会った方々にも感謝しかありません。
振り返れば、活動(月2回)のうち1回は必ず「身体を動かす」企画を譲らなかったのは、ママ達の身体が緩むと心からの笑顔が出る=治療と同じ、と明確にわかるし、活動しながら当時40代の自分に現れた腰痛が、忘れていた中学時代の足のケガと関係することにも気づき、記憶にない歴史さえ黙って引き受ける「カラダの健気さ」に改めて感動しました。
カラダってスゴイ!
サークル立ち上げと同時期に鍼灸師の子育て支援団体:東京スキンタッチ会と出会った事が、施術を再び生業とするきっかけになりました。感謝!
呼吸法が中心の瞑想ヨーガを継続しながら3人の子と過ごす中、HSP(HSC)という言葉が広く使われるようになり、あれ?私の思う日本的ACと似てない?どちらも診断名ではなく「生き辛さを感じる人の自認」?流行り??と混乱します。
何万年も大きく変わらず2足歩行の体の仕組みで生きるヒトという生き物を産み育てるのに・・・日本で子育てする人の大変さ?や生き辛さ?は10年位で別の呼び方になるの?・・と、その先に「発達障害」という言葉が増えてきた時にも、同じように不思議な気持ちになりました。
(もちろん、自認や診断を否定する話ではありません。)
子育て支援も、カラダの専門家としての関わりに変わりつつ、今もできる事を無理せずケチせず・・と働いているつもり・・だけどどうだろう・・。
ここ数年は、音声としての日本語と暦(縄文カレンダーと13の月の暦)にハマり、地球(宇宙)の重力下に生きる人体(小宇宙)にますます興味津々で、結局はカラダ好き・・・と苦笑いしています。
ここまで読んで下さった方とのご縁に感謝しつつ、お役に立てそうな場所に呼んで頂くのを楽しみにしています。
2026.9 更新
平成7(1995)年4月14日 鍼灸あマ指師登録
・日本栄養精神医学会会員
Special Thanks
・長野式勉強会 ・キネステティク・クラシックNEO版
東京スキンタッチ会以外に関わる子育て支援
⇒親子ひろば「なかがわっこ」(2006.2~毎月最終木曜日)
その他の賛助会員
